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長沢池の北にあり、鋳銭司郷土館の隣にある。幕末の兵学者で明治維新の隠れた功労者・大村益次郎が祀ってある。もとの社は、北へ約500mの山中にある墓のそばにあったが、昭和21年に現在の地へ移された。境内からは,長沢池の全景が望める。
毛利家敬親とその子元徳を祭神とする神社で内には助友作と伝えられる太刀があり、国の重要文化財の指定をうけている。
文中2年(1373)大内弘世が京都の北野天神を勧請して創建。本殿拝殿ともに国の重要文化財。境内は梅,桜の名所として知られている。山口天神祭(11月22日・23日)
古来周防三の宮と呼ばれ、神宝として大内氏、毛利氏の文書を多く所蔵しています。
野田神社の隣にあり、毛利元就を祀る神社で、明治2年(1869)に萩城内から、野田神社とともに現在の地へ移された。
文明3年(1471)陶弘房の夫人が夫の菩提をとむらうために、現在の山口市仁保高野に創建した寺で、はじめ安養寺といっていたが、明応元年(1492)に瑠璃光寺と改められました。この地にあった香積寺は、慶長9年(1604)に萩に移され、その後にこの瑠璃光寺が元禄3年(1690)に仁保から移り来たもの。曹洞宗で山号を保寧山といい、薬師如来が本尊である。防長屈指の大寺で、経文や画像など多くの寺宝が所蔵されています。国宝の五重塔は香積寺の遺構です。
吉敷の山峡にある真言宗の古寺。観音堂に安置する大日如来座像は国の重要文化財に指定されている。境内に国指定の天然記念物の大いちょう、名勝鼓の滝などがある。
永亀3年(1572)の春に毛利元就の菩提寺として、安芸国吉田の城内に創建され、幕末の頃に萩から現在の地へ移されたもの。山門と境内にある観音堂は、国の重要文化財に指定されています。
昭和27年、サビエルの来山400年を記念して建てられたカトリック教会。惜しくも平成3年9月に火災により焼失してしまったが、平成10年4月に再建された。2本の高い塔を背負う斬新な形は、「水」「光」「テント」を全体テーマに建築されている。
社伝によると吉田、恒冨の鎮守として、大同4年(809)に豊前の宇佐八幡宮から神霊を迎えて創建したものとされています。平清水の社号は、神殿の右側にある泉が、日照でも、豪雨でも、水量が一定していることからつけられたといわれています。本殿は、三間社流造りで、向拝及び外陣、さらに本殿の両側面斗きょう間にそれぞれ蟇股があり、輪廓だけの繰出しの一枚板で古風な造りです。建築手法から見て、山口の神社の中では一番古いもので、室町時代前期の建築といわれています。