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長府藩祖毛利秀元により、祖母乃美大方(のみのおおかた)の菩提寺として建てられた寺です。梅の寺としても知られ、境内には鎌倉時代末ごろの作で下関市指定文化財の「十三重石塔」や長府藩2代藩主光広と7代藩主師就の墓があります。
慶応元年(1865)落成、高杉晋作らの発議(1863)によって創建されました。日本で初めての招魂場で、吉田松陰を中心に、維新に散った志士たち約400柱が祀られています。
貞観元年(859)の創建と伝わる古社で、「関の氏神」として市民に親しまれています。境内には林芙美子文学碑、世界最大のふくの銅像、亀山砲台跡など多くの史跡があります。
後醍醐天皇の嘉暦2年(1327)に開山された名寺。わが国最古の禅寺様式を残した仏殿は、鎌倉時代の様式である唐様建築の典型的遺構。昭和28年国宝に指定されました。春は桜、秋は紅葉が美しい。高杉晋作が挙兵した寺としても知られ、境内には馬上姿の晋作の銅像もあります。境内は見学自由です。
乃木神社は、明治の軍人乃木希典を祀ってあり、社は台湾阿里山のひのき材を用いた極く簡素なものです。境内には乃木大将が幼年時代を過した家が復元され、ゆかりの品を展示する宝物館などもあります。参拝自由。
遺言によって奇兵隊の陣屋があった吉田の清水山に葬られた高杉晋作の菩提を弔うために、愛人おうのは梅処尼(ばいしょに)となって庵を結び、生涯、晋作の墓を守って暮らしました。「東行」は晋作の号で、高杉晋作の墓は国指定史跡。境内一帯は、早春には梅、初夏は菖蒲、秋は紅葉に彩られます。晋作ゆかりの遺品などを収蔵、展示した東行記念館もあります。
仲哀天皇が、西国平定のためこの地に豊浦宮(とよらのみや)を設けられた跡といわれ、祭神は、仲哀天皇・神功皇后・応神天皇を祀っています。この社の夏祭として8月7日から1週間くりひろげられる数方庭祭は天下の奇祭として有名です。また境内には数多くの文化財を所蔵する宝物館や、蚕が初めて日本に渡来した地としての記念碑等があります。見学自由。
言い伝えでは源平壇之浦の合戦で平家が滅亡して以来、関門海峡で海難事故が頻発し、平家の怨霊が騒ぎ出したためと恐れられていました。下関近辺に散在していた平家の墓標をこの地に集約して1600年ごろに建てられた、平家一門の供養碑で、赤間神宮境内にあります。
源平の合戦場跡で、寿永4年(1185)源氏と平家の最後の戦いとなった壇ノ浦合戦の跡。二位尼に抱かれた安徳天皇はわずか8歳にして壇ノ浦の海へ入水し、平家は滅亡しました。この後、源氏は鎌倉幕府を開き、江戸時代まで続く武家社会を始めます。古戦場を眼前に臨む、みもすそ川公園内には源義経・平知盛両雄の像とともに、像の除幕式に参加された滝沢秀明さん(NHK大河ドラマ義経役)中越典子さん(同建礼門院役)の手形などが設置されています。
西日本で唯一の御陵。陵は円墳で玉垣と土塀で二重に囲まれています。