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白石正一郎邸は、現在の下関市竹崎町中国電力下関営業所敷地内にあり、現在は碑が残されています。屋敷の一部である「浜門」は、長府へ移築・保存されています。
関門海峡に浮かぶ面積10haほどの平坦な小島、巌流島。慶長17年(1612)4月13日、剣豪宮本武蔵と秘剣「燕返し」の佐々木小次郎が決闘したといわれています。正式名称は船島であるが、敗れた小次郎の流派名をとり巌流島と呼ばれています。島内には宮本武蔵と佐々木小次郎の像をはじめ、浮桟橋や人工海浜、散策道などが整備され、唐戸桟橋から直行便も毎日就航して気軽に渡ることができます。
「壇ノ浦の戦いで深手を負い、命からがら岸に泳ぎ着いた平家の武将が水溜りを見つけ、飲んでみると真水だった。が、もう一口飲もうとしたら塩水になっており、その場で力尽きた」という伝説が残っているところです。碑の近くの渚に湧き出る清水には祠が建てられ、今も元旦の若水として赤間神宮の神前に供えられます。
豊田湖(ワカサギ釣り)、狗留孫山、石柱渓、華山、徳仙の滝
桜の名所として知られ、関門海峡を見晴らす丘の上には、昭和31年(1956)、没後90年を記念して建立された高杉晋作の陶像が立っています。
関門海峡をはさみ、下関と門司を一望できるスポット。桜、つつじの名所でもあります。
響灘を見晴らす眺望の良さで人気の総合公園で桜やツツジの名所です。芝生広場や大型遊具などがあり、家族連れでのんびり過ごすことができます。
攘夷戦争や下関戦争で使用された長州砲の複製(平成16年9月末完成)、壇ノ浦砲台跡、源義経像・平知盛像(平成16年11月末完成)などがあります。
明治元年(1868年)、旧藩主毛利家の霊屋として創建。境内からは満珠・干珠を眼下に望めます。初日の出の名所としても有名。見学自由。
永禄3年(1560)に創建された古刹。朝鮮通信使や、日清講和会議の際の李鴻章ら要人の宿泊施設としても使用されました。本堂は下関空襲で焼失し、左甚五郎作とも言われる龍の彫刻がある山門のみが残されています。