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漆箔押しの薬師如来坐像がある。
龍神の美女の寺伝説をはじめ、鐘楼堂を兼ねた多宝塔は日本で唯一で、多くの文人が訪れた寺です。その歴史は古く、永禄年中(1558〜1570)にまでさかのぼります。女川、脇本、そして現在地に至ります。歴史ある仏閣、海と山を眺望できる浄土式日本庭園からの景色は日常を忘れさせます。
杉木立に囲まれた境内は静かで、古代以来の荘厳な雰囲気を感じることができます。"なまはげ"ゆかりの地として神社の境内では、毎年2月に"なまはげ柴灯まつり"が行われることでも有名です。神社前庭にあたる場所には慈覚大師の手植えと伝えられる、樹齢1,000年余りの榧(かや)の巨木(県指定天然記念物)が立っています。
なまはげが一夜で築いたという伝説の999段の石段を登ると見えてきます。五棟の社殿は江戸時代の中頃建てられたものと言われ、向拝、屋根、柱、組み物などに珍しい工夫が見られます。そばには覗いたものの余命をあらわすとされる「姿見の井戸」や「御手洗の池」などの不思議なスポットがあります。
16世紀頃、安東愛李(ちかすえ)が築いたものと言われ、東北で最大級の城跡と言われております。安土桃山時代の天正5年(1575年)大きな海運勢力を誇った安東一族(後の秋田氏)の安東愛李が既存の城を大規模に修築した平山城となっています。城域には西に2.5km・東に1.5kmの広大なものであったと思われていますが、文化7年(1810年)の大地震で南端450〜700mにわたって海中に沈んだと伝われています。城内に今もなお、一族・家臣の居宅・井戸・土塁の跡地が残されています。
南北朝のころ(1342〜45年)安部(安東)兼李が居城したと伝えられ、真澄が「むかしいかなる君がすめりし城とて城長根という処あり」とするのは、恐らくこの染川城である。大増川、小増川の二つの川を掘に利用し天然の要塞といわれてました。
「男鹿の海」の魚類の生息状況を再現した迫力の大水槽、また、世界の珍しい魚たちや、秋田県の魚である「ハタハタ」などが展示されており、アザラシ、ペンギンなどの海の動物たちも皆様をお待ちしています。中でも一番人気はホッキョクグマ、おもちゃで遊んだり、泳いだり、見ている人を飽きさせません。海の生き物に直接触れて学べる「タッチプール」、海を眺めながら食事ができるレストランもあります。
黒白の縞模様の灯台にのぼると入道崎と周辺の地磯、沖合いにある水島などを一望できます。灯台には灯台資料展示室も併設され、灯台の歴史と知識を見学することができます。