鎌倉〜室町期は祢津氏庶流春日氏が支配し、望月氏によって滅亡後は望月系春日氏、望月氏が佐久侵攻を行っていた武田信玄に属すると依田系芦田氏の属城となりました。武田氏滅亡後に、徳川家康の家臣になった依田信蕃が天正10年(1582年)に真田昌幸の協力を得て、ここを拠点とし佐久の諸城を落したが、翌年岩尾城攻略の際、弟と共に戦死しています。その後大久保忠世が後見人となるが、天正18年頃に廃城となりました。遺構が比較的残っており、当時を偲ばせます。
長野県佐久市春日
(1)佐久南ICから車で
(2)JR北陸(長野)新幹線佐久平駅からバスで(⇒タクシー10分⇒徒歩3分)
建築年代1:鎌倉〜室町時代
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