この遺跡は昭和36年、JR東北本線複線電化工事に伴う発掘調査以降、数度にわたり発掘調査を行いましたが、その成果により奈良〜平安時代の貴重な遺構、遣物が発見されました。全国でも発見例の少ない六角瓦塔【ろっかくがとう】をはじめ、数多くの瓦、円面硯【えんめんけん】(高台のついた円い硯【すずり】)、土器類、さらに、規格性をもった堀立柱【ほったてばしら】建物跡などが検出され、当時の当地方における政治的施設と考えられています。特に続日本記【しょくにほんぎ】に記載されている養老2年(718)の石背国設置(石背郡がそれまでの統治国であった陸奥国から分かれ、白河・会津・安積・信夫の四郡とともに石背国の統治下になった)に深く関わる遺跡と考えられています。
福島県須賀川市上人坦
(1)須賀川駅から徒歩で
時代:奈良〜平安
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