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鬼怒さくら公園

公開:自由 休業:無休

春には桜、つつじの名所。河川敷内に全面芝生の緑地公園が整備された。

高田山専修寺

高田山専修寺は、西暦1225年(嘉禄元)に親鸞上人53歳の時、真岡城主大内氏の懇請により建立されました。親鸞上人が創建した唯一の寺で、浄土真宗発祥の根本大道場として知られています。専修寺を中心とした門弟は「高田門徒」と呼ばれ、真宗最大の教団でしたが、戦国時代に兵火によって消失するなどの経緯があり衰退し、教団の中心は伊勢国一身田へと移りました。現在の姿は、江戸時代になって復興したものであり、高田派ではここを「本寺」と呼び尊んでいます。国指定史跡「専修寺境内親鸞上人御廟」のほか、諸堂が重要文化財等に指定されています。

道の駅にのみや

営業:9:00〜18:00季節変動あり 休業:火第3、祝日の場合は翌日 休業:12月31日〜1月2日

道の駅

足尾温泉(庚申の湯)

毎分190リットルが湧出し、お湯につかると肌がつるつるすることから、別名「美肌の湯」ともよばれています。四季折々の風景を楽しめる露天風呂が魅力の温泉です。低温サウナもあります。

足尾環境学習センター

開館:4月1日〜11月30日9:30〜16:30

足尾銅山の歴史を紹介するとともに自然の大切さと環境問題を学べる施設。

足尾銅山観光

開館:9:30〜16:30

昭和55年、足尾銅山の坑道跡を利用して開設されました。坑内電車で全長700mの坑道内が見学できます。途中、銅鉱採掘の模様を39体の人形を使って再現しているほか、銅坑入口前には足尾銅山記念資料室やレストハウスがあります。

足尾銅山跡

1610(慶長15)年足尾郷の農民が銅鉱を発見して当時の領主日光座禅院の座主に報告、翌年から徳川幕府の直轄で発掘が進められた。幕府造営の建築に使用した多量の銅材や銅銭を鋳造、一時はオランダへ輸出するほど豊富に銅を産出した。1877(明治10)年銅山は古河市兵衛の経営となり、1888(明治21)年には全国産銅の40.5%を占めるようになった。しかしこのころから足尾銅山鉱毒事件が起こり、また足尾銅山争議など、数々の社会問題でも全国的に知られるようになった。戦後、産銅量は次第に減少、昭和30年小滝坑の廃坑、昭和48年には通洞・本山坑が廃坑となって銅山は閉山した。昭和55年4月、足尾銅山観光が開設され、坑内電車で全長700mの坑道内が見学できるようになった。途中、39体の人形を使って、往時の銅鉱採掘の模様を再現しているのが見られるほか、公園には、江戸時代から昭和に至る作業内容や各種資料を展示した足尾銅山記念資料室がある。

銅親水公園

開館:4月1日〜11月30日9:30〜16:30環境学習センター 休業:無休

足尾ダムの下に作られた公園で、園内には地域のシンボルとして架設された、県内初の人道用斜張橋「銅(あかがね)橋」や、銅山の歴史を紹介するとともに、自然の大切さと環境問題を学べる施設「足尾環境学習センター」があります。

古河掛水倶楽部

開館時間:日土3月中旬〜12月中旬10:00〜15:00祝祭日 その他:月火水木金要事前予約 休館:12月下旬〜3月上旬

古河鉱業が足尾銅山の隆盛時に華族、政府高官などを招いて接待や宿舎に使用していた迎賓館です。大正初期に改築された建物は外観は洋風、内部は和洋それぞれを用いた木造建築で、館内には1924年(大正13年)製のピアノや、国産第1号のビリヤード台もあります。

間藤水力発電所跡

木炭に代わるものとして、ドイツのヘルマン・ケスラー技師の勧めにより古河市兵衛が間藤に鉱山施設として日本初の原動所(水力発電所)を完成させました。現在では、直径1mの鉄管の一部が上の平がけ下にあり、原動所は煉瓦造りの基礎のみが往時を物語っています。また、水力発電所跡も渡良瀬川河床で見られます。

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